大判例

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大分地方裁判所 昭和24年(レ)9号 判決

控訴代理人は、主文と同じ判決を求め被控訴人は本件控訴を棄却する。という判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人において、控訴人は第一審において述べた如く被控訴人の事実上の養子となり、爾来本件家屋内に被控訴人の養母ヱキと共に生活していたのであるが被控訴人の薦めに従つて妻帯することとなり、昭和二十二年十月訴外河野トモと結婚式を挙げた。しかるに間もなく被控訴人は訴外トモとの間に不倫の関係を生じ、世間の口の端にも上るようになつたので、控訴人は同年十一月二十二日頃被控訴人の反対を排して右トモを離別したところ、これが原因となつて被控訴人は控訴人に対して養子縁組の破棄を表明し、その後本件家屋より退去を要求するに至つたので、被控訴人の養母ヱキが見兼ねて被控訴人に意見を加えてその反省を促したところ被控訴人は却つてこれを怒り右ヱキに暴行を加えて傷害を与え、その後は益々控訴人に辛く当つて退去を迫るので右ヱキは控訴人に痛く同情し同人を自己の養子とする決意をしてこれを控訴人に伝えた。そこで控訴人は同居以来終始親愛の情を示して呉れた訴外ヱキを親として仕うべく右申入を受入れることとし、同訴外人との間に養子縁組をして昭和二十三年九月二十八日その戸籍上の届出を了し、それ以来右ヱキの養子としてこれに仕え、本件家屋に居住して農耕に従事している次第である。ところで右家屋はもともと右ヱキの亡夫元三郎の所有であり被控訴人は家督相続に因つてその所有権を取得したものであるが、元三郎の死後は訴外ヱキのみが右家屋に居住し、被控訴人はその妻と共に別府市に所在するその所有家屋において生活し、右ヱキとは別居していたのであるからヱキは決して被控訴人の家族ではないのであり本件家屋の独立した管理者であり占有者である。してみると控訴人は当初は被控訴人の事実上の養子として又訴外ヱキと養子縁組をしてより後はヱキの家族として右家屋に居住しているものといつてよいから被控訴人が控訴人に対し、本件家屋中この使用部分の明渡を求めるのは失当たるを免れない。被控訴人の新主張事実はすべて否認する。と述べ被控訴人において当審における控訴人の主張事実中控訴人が主張の頃訴外河野トモと事実上の婚姻をし、本件家屋において同棲し、次いで主張日時に右婚姻を解消したこと、右家屋がヱキの亡夫である訴外元三郎の所有であつたことは認めるけれども、その余の事実はすべて否認する。控訴人は昭和二十二年三月被控訴人の姉である訴外立川万亀及びその内縁の夫たる訴外小野岩喜と事実上の養子縁組をしたのであつて、被控訴人は挙式の際親族として参列したに過ぎないのである。ところでその際訴外万亀夫婦は被控訴人に対し控訴人を同居せしめるには家屋が狭隘であり且世間態もつくり度いので本件家屋に控訴人の居住を許容されたいと懇請したので被控訴人はその前年に右家屋で二度も盗難に遭い、かねて不用心を感じていた際でもあり、又万亀等とは同一家族の如く親密に交際していたので、被控訴人が必要とするときはいつでも明渡して貰うという条件でこれを承諾し、右家屋の内主張の部分を控訴人に使用させることとしたわけである。次に控訴人は訴外トモとの結婚解消の原因が恰も被控訴人に在るように主張するけれども、これは謂われなき言掛りである。すなわちそれは控訴人が聾である上に教養がなくその言行が余りにも下品である為訴外トモが愛想をつかした結果にほかならないのであつて、訴外ヱキは老齢且無学である為右の真相を知らないで無用の誤解をしている。従来被控訴人とヱキとの間柄は極めて円満であつたが、ヱキは右のような誤解を生じて以来被控訴人を敵視し控訴人と共同して事毎に被控訴人に反抗して迫害し、暴力を用いたことさえあるのであつて被控訴人は本件家屋を生活の本拠とし、昭和二十年来農耕に従事して来たのであるが、控訴人は被控訴人の所有農地を侵奪して不法に耕作し且訴外ヱキと共同して被控訴人を迫害するので被控訴人は右家屋に居住して農耕に従事することができず目下義兄である訴外小野岩喜の許に難を避けている状態である。尤も被控訴人は別府市に家屋を所有し、現在被控訴人の妻が同市で教員を奉職している為これに居住しているのであるが妻も早晩退職しなければならぬ運命に在るし、被控訴人自身は他に職業がなく、本件家屋に居住して附近に所在する所有農地を自作する以外に生活の方途はないから、本件家屋全部を使用する必要がある。次に訴外ヱキは控訴人との間に控訴人主張の如く養子縁組の届出をしているけれども、この縁組はヱキの真意に基くものではないし、又当事者間に相通じてなされた虚偽の意思表示に因るものであるから、いずれにしても無効というべきである。すなわちヱキは当時既に七十七歳に達し無学で耳が遠い上に殆んど財産を持たないのであるから右縁組はヱキの意思に基くものとは信じられないし、控訴人自身も亦かような無財産のヱキと養子縁組をする必要は全くないといつてよいであろうから、右縁組はむしろ控訴人とヱキとが共謀して実子のない被控訴人の財産を合法的に取得する方便としてなされた仮装の行為というのほかはない。

ところで被控訴人は現在に至る迄本件家屋の世帯主として町内会費、その他の諸費用は固より養母である訴外ヱキの生活費一切を負担し右家屋を生活の本拠としているのであるから、訴外ヱキは被控訴人より扶養されている家族であつて、右家屋の独立した占有者ではない。尤も右ヱキと控訴人とは昭和二十三年中に食糧配給の面では被控訴人の世帯を脱し別個の配給通帳を作成して貰つているが、ヱキは右に述べたようにその実被控訴人の家族であることに相違ないのである。従つて仮にヱキと控訴人との養子縁組が有効であるとしても、控訴人はその占有を被控訴人に対抗すべき正当な権原はないものといわなければならない。被控訴人は控訴人との間にした本件家屋の一部の使用貸借が終了したことを理由として控訴人に対し右家屋の明渡を求めるわけであるが、仮に右使用貸借が認められないとしても控訴人の右家屋の占有は不法なものであるから所有権を理由として明渡を求める。尚被控訴人は右家屋の所有権を家督相続に因り取得したのではなく養父元三郎の死後訴外ヱキがこれを所有したので、被控訴人がこれを買受けたものであると述べた、ほかは原判決事実摘示と同一であるから茲にこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

本件家屋が被控訴人の所有であること、控訴人がこの家屋の内被控訴人主張の部分を占有使用していることは当事者間に争がない。

被控訴人は控訴人との間に本件家屋の主張の部分について使用貸借が成立した旨主張するけれども、さような事実を確認するに足る措信すべき証拠はない。却つて成立に争のない甲第十三号証、同第三十三号証、同第三十七乃至第三十九号証、同第四十五号証、同第四十六号証の一、二、同第四十七号証、乙第七号証(但し一部)の各記載に証人立川万亀、同立川ふさ、同河野トモ、同河野常夫、同小野岩喜、同佐藤敏夫(但し一部)の各証言を綜合して考察すると、被控訴人の実姉である訴外立川万亀とその内縁の夫に当る訴外小野岩喜は農を業としているのであるが、その間に子供がない為昭和二十二年三月頃右岩喜の甥に当る控訴人を養子に迎えることとなり、その頃挙式の上控訴人との間に事実上の養子縁組をしたのであるが、被控訴人はかねて右岩喜夫婦とは恰も同一家族の如く極めて親密でありその所有農地の殆んど全部をこれに小作させていた程であるので、両人の右養子縁組を喜ぶと共に被控訴人は当時大分県庁に奉職して不在勝であり又その妻も教員生活をして別府市に居住し、本件家屋にはその頃既に七十五歳に達していた被控訴人の養母ヱキが一人留守を預る始末であつたので、訴外岩喜夫婦からその住居が狭隘であるという理由で控訴人の起居の場所につき相談があつたのを幸いその頃控訴人を本件家屋に同居させ、被控訴人並にヱキと世帯を共にして訴外岩喜から返還を受けた被控訴人所有農地の耕作に従事せしめる一方、控訴人に老齢のヱキの面倒をもみて貰うこととした。かくて控訴人は本件家屋に被控訴人並にヱキと同居するに至つたのであるが、同年十月控訴人は被控訴人の奔走によつて訴外河野トモを妻に迎えた後も(訴外トモとの結婚の点は当事者間に争がない)従来と同様妻トモと共に本件家屋内に被控訴人並にヱキと世帯を共にして同居し、被控訴人方の耕作に従事する一方被控訴人の不在中は右ヱキの面倒をみて留守を守つていたことをそれぞれ認めることができる。

してみると控訴人が本件家屋に居住するに至つたのは被控訴人の主張する如く当事者間に右家屋の使用貸借が成立したことによるものではなく、むしろ右に認定したような経緯によるものであるから、本件家屋に対する控訴人の右占有はむしろ、いわゆる占有補助者の夫れと認めるのが相当である。

成立に争のない甲第四十八号証、乙第七及び第八号証、同第十三乃至第十五号証の各記載、証人立川成常、同佐藤敏夫、同首藤実恵、同立川文三郎、同立川太右衛門、同立川ヱキの各証言中以上の認定に反する部分は措信しない。

そうとすれば被控訴人が控訴人との間に主張の使用貸借が成立したことを前提として控訴人に対し本件家屋の占有部分の明渡を求める本訴請求は他の判断をする迄もなく失当たるを免れない。

よつて更に進んで所有権を理由とする被控訴人の右明渡請求の当否について検討するのに、当裁判所は以下に述べる理由により被控訴人の右所有権の行使は権利の濫用であると考える。すなわち控訴人がその主張の頃訴外ヱキとの養子縁組の届出をしていること、控訴人と訴外トモとが主張の頃その事実上の婚姻を解消したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第四十五号証、同第四十六号証の二、同第五十乃至第五十二号証、乙第六乃至第九号証、同第十二号証、同第十四及び第十五号証の各記載に証人立川ふさ(但し一部)同河野トモ(但し一部)同立川太右衛門、同首藤実恵、同立川ヱキの各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人と控訴人並にヱキは控訴人が訴外トモを妻に迎える迄はその同居生活にさしたる波瀾もなかつたのであるが、トモは結婚直後から控訴人を嫌い、却つて被控訴人には右結婚以前から知遇を得ていた関係もあつて、これに対する仕え振りが些か親密に過ぎた為、控訴人やヱキは固より近隣の者も両名の関係に疑を持つようになり、これが為ヱキが被控訴人に意見を加えたことから控訴人並にヱキと被控訴人並にトモとが反目して対立し、控訴人とトモの結婚は僅か一ケ月にして解消するに至つたのであるが、その後も被控訴人と控訴人及びヱキとの折合は好転せず、ヱキが被控訴人を嫌つて控訴人を頼りとしこれを溺愛したこと、被控訴人が自己の居室に鍵を施して仏壇にも触れさせないようにしたこと、控訴人も亦被控訴人所有地について自己名義で耕作の届出をしたこと等の事情から双方の対立の溝は愈々深まり遂にヱキは被控訴人を見限り控訴人を自己の養子としてこれに将来を托すべく決意し控訴人との間に養子縁組をしてその届出を了したこと、被控訴人は本件家屋の外に別府市内に家屋三棟と宅地三筆を所有し、所有農地七反余の内約半分を訴外岩喜に耕作させる一方、その妻ふさは同市で教員を奉職している為二十年来被控訴人の右所有家屋に居住し被控訴人も現在右ふさと同居して生活し、他に家族がない為ひとまず住居と生活の安定を得ているのに反し控訴人は本件家屋の原告主張部分に既に八十歳に達した養母ヱキと共に被控訴人の支配を脱して独立の生活を営み、その後新な妻を迎えてその間に一子を儲け平穏な生活を営んでいるのであるが、控訴人としては既に訴外岩喜夫婦との間にされた事実上の養子縁組が解消されているので、今更同訴外人の許に復帰することも出来ず、格別の資産とてない為住宅難の現在本件家屋から退去すれば忽ち生活に困難を来すであろうことをそれぞれ認めることができる。証人立川ふさ、同河野トモの各証言中以上の認定に反する部分は信用し難く他に右認定を覆すに足る確証はない。

してみると、被控訴人は差当つて控訴人から本件家屋の明渡を求めねばならぬ必要はないものといつてよいし、仮に右家屋の主張の部分から控訴人を退去せしめても被控訴人と対立抗争し、その支配に服しない養母ヱキが後に残つている以上被控訴人は現実に該部分を使用することは不可能というのほかはなく、従つて被控訴人が控訴人の右明渡に因つて受ける直接の利益はないものといつてよいから被控訴人がその所有権を楯に取つて控訴人のみに対し本件家屋の主張の部分より退去明渡を求めることは徒らにその親族である控訴人一家の幸福と生活の本拠を奪い、その生活を苦境に追い込む結果となるばかりである。

殊に被控訴人は前記認定の如くその甥である控訴人を自ら望んで自己の世帯員としたのであるから、その後控訴人並にヱキ等との共同生活が円満を欠くに至り、控訴人が被控訴人の意思に反して訴外ヱキの養子となつたとしても、控訴人等との不和の原因については被控訴人にも大いに反省すべき点があるのであるから首肯するに足る特段の理由もないのに控訴人に対して退去を求めるのは妥当でない。されば被控訴人のかような所有権の行使は親族間の道義を破壊するもので社会の倫理観念に反し正に権利の濫用というべきである。

被控訴人は(一)訴外ヱキと控訴人との養子縁組はヱキの真意に基くものではなく、そうでないとしても仮装の縁組である。(二)被控訴人は主張の理由に因り本件家屋に居住して附近に所在する所有農地を耕作せねばならず、その為本件家屋全部の使用を必要とする。(三)訴外ヱキは現在においても被控訴人から扶養せられているから被控訴人の家族であるとそれぞれ主張するけれども、右(一)及び(三)の各事実についてはこれを認めるに足りる証拠はない。(二)の夫れについてはこの点に関する甲第三十九号証、同第四十五及び第四十九号証の各記載、証人立川万亀、同立川ふさ、同河野トモ、同小野岩喜の各証言は措信し難く他にかような事実を認めるに足る確証はない。

果して然りとすれば、被控訴人の本訴請求は結局理由がなく、棄却を免れないからこれを認容した原判決は失当たるに帰する。よつて民事訴訟法第三百八十六条に従つてこれを取消すこととし、訴訟費用について同法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安東勝 木本楢雄 吉田誠吾)

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